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南米で”食”を通じて雇用を創出したい!ボリビアに楽器を使ったボランティアをしに行った大学生が、トビタテ留学JAPANの制度を使って再度ボリビアへ!

ボリビア人の少女と赤井さん

赤井義憲さん。

2011年に京都の龍谷大学国際文化学科に入学。2016年3月卒業。大学卒業後アメリカ西海岸のカリフォルニアにて日本食レストランを経営する会社に就職。現在は現地のラーメン屋にてマネージャーをしておられるそうです!

今回はそんな赤井さんが経験された南米でのインターンシップについてお聞きしました。

ボリビア人の少女と赤井さん

海外インターンシップに行こうと思ったきっかけ

ボリビアとの出会い

自分は4年生の前期を休学してボリビアへボランティアを目的として行きました。ボランティアにてボリビアを訪れるときはトビタテ留学JAPANの制度は知らなくて、ボランティアでボリビアにいるときに募集が始まることを知りました。そこで帰国してから応募をしました。

やりたいことをやれる時に…南米でインターンシップをするという決意

中学の頃から陸上部に所属をしていました。中・高と陸上を続け、大学でも続けようと思って入部しました。そんな中、2011年に東日本大震災が起こりました。また当時私は、周りのみんなが遊んでいる中で、自分ひとり部活動に顔を出すことを億劫に感じていて、いまひとつ部活動に熱量を注ぐことができなくなっていたんですね。そんな時に起こった大災害。テレビの画面上で映し出される光景を見ているうちに、実際に自らの目で見てみたいと思うようになったんです。そこで被災地へボランティアへ行くことにしました。実際に行ってみると、少し前まで街があったはずの場所には何もなくなっていたんですね。私はそんな光景を目の当たりにし、自分たちは、病気以外でもこんなに簡単に危険にさらされ、そしていなくなってしまうんだという恐怖心が芽生えました。そしてそれなら、「今やりたいと思うことを出来るときにやるべきだ」、「後悔しないようにするべきだ」という感情が私の中に生まれました。その後部活動には区切りをつけ、アルバイトに勤しみ、お金を貯めました。自分は10歳のころからずっとドラムをやっていたので、そんな音楽を活かしたボランティアが出来ないか探していたところ、ジャマイカとボリビアでの活動を見つけました。その2か国で迷っていたのですが、検討した結果、ボリビアに行くことを決意しました。(またボリビアの女性が綺麗だったというのも理由の一つです。(笑))要相談

ボリビアの孤児院で感じた葛藤、そして次のステップへ

初めてボリビアに行ったときは孤児院で楽器を教えていました。自分が所属をしていたボランティア団体が目標として掲げていたのが、孤児たちに、自分は楽器も出来るんだという自信をつけさせること、またみんなで楽器を弾くことによって、協調生を育みたいというものでした。18歳になった時に、しっかりと社会で生きていけるような状態になって欲しかったのです。私はそんな環境でずっと活動していくなかで、ある疑問を持つようになっていきました。この方法で本当にこの子供たちの状況や、社会問題が解決するのだろうか?と。私はどのような方法が最適解なのか考えました。そして雇用を生むこと、仕事を生むことが大事だという結論に至りました。将来はボリビアに戻ってきて、飲食店を開くことで雇用を創出しよう、そう決意しました。その後ネットでボリビアの飲食店で働くことが出来ないかを探していた時に、起業家セミナーを行っている団体を見つけました。ちょうどそのセミナーが、自分が帰国した後に東京で開かれるということで、それに申し込んで参加をしました。そのセミナーの中で、将来南米で事業を展開しようとしている方と出会い、まずはメキシコで働ける環境を紹介して頂きました。

大事なのは“食“で雇用を生むことだ…そう感じさせた子供たちの「美味しかった」という言葉

私達のボランティア団体では主に現地で民族音楽を演奏をしていました。ただ、その現地の民族音楽にはそもそもドラムというものがありませんでした。そういう中で自分たちが知らないような楽器を子供たちに教えたところでなかなか飲み込まないですし、年頃の子供たちは興味のあるものが点々と変わってしまいます。楽器を教えますって教えてもすぐ飽きてしまいます。もっと違う方法があると感じていました。色々と模索をしている中で、たまたま孤児院で子供たちとご飯を一緒に食べる機会があったんですよ。そしたらそこで食べたご飯が全然美味しくなかったんです。「それなら自分が作ったるわ!」ということでカニクリームやオムライスを作って食べさせてあげました。人のために振る舞う料理なんて初めてだったのですが、「美味しい」って言ってもらえたんです。その時に「食」関係で雇用を生むと良い、これをビジネスにするべきだと感じました。

 

海外インターンシップに向けた準備!

保険に加入し、万全の状態で現地へ!でも〇〇に追いかけられて…

加入しました。大学の制度を使って留学に行くためには必ず加入しなければなりませんでした。
一度メキシコにいるときにスケボーを買って、その日の夜にスケボーを使って帰っていたら野良犬に追い掛け回され、挙句の果てに噛まれてしまいました。その話をオーナーにしたら、「働いてる場合じゃないやろ、病院に行け!」と言われて病院に行きましたが幸い大きな問題は無く、保険は登場しませんでした。(笑)

両親の応援

父はいつも黙って見守ってくれるタイプでした。母親には、部活はそろそろ区切りをつけようかなという話はしていて、「死ぬ時に後悔の残る人生にはしたくない。だから自分がやろうと思っていることは全部やりたいんだ」という話はしていました。ただ不安にはさせたと思います。

準備あれこれ。大切にした自分のルーティン

現地調達タイプだったので、特別なものを何か準備したということはありませんでした。ただ歯ブラは、外国の頭が大きいモノではなく、日本の頭の小さいモノが良かったので持って行きました。また水泳選手が水分を拭うときなどに使用しているような、特殊なタオルも持って行きました。すごく便利だと感じていて、今アメリカにも持ってきて愛用しています。海外で生活を始めるのに不安な部分はやはり大きいです。そこで日本にいる間に自分のルーティンとしていた、ハンドドリップのコーヒーを毎朝飲むことができるように、お気に入りのコップとコーヒーのセット一式は持って行きました。それは今アメリカでも自分のルーティンとして行っています。

現地の様子

現地で行った、海外インターンシップの具体的な業務内容

現地での1日の流れ

龍谷大学は当時、インターンシップだけの海外経験を許していませんでした。そこで自分は現地の語学学校に通いつつ、インターンシップをするという計画にしました。メキシコのメキシコシティという首都から車で2時間ほど離れたプエブラという学生街で留学をしながら、飲食店でのインターンをしていました。現地の状況も全く分からずに行ったので、自転車で学校から1時間くらいかかることに現地に行って気が付きました。ですので初めの2,3カ月は朝5時~6時くらいには起きて8時の授業に行っていました。1時間自転車をこいで、8時から授業を受け、11時にはレストランに行って、開店準備をしていました。慣れない土地で、結構ハードな毎日だったと思います。(笑)レストランには11時出勤で、閉店まではお店にいました。家からは職場まで自転車で5分くらいでした。

語学学校に通うことをうまく利用した、トビタテ留学JAPAN制度の利用

語学学校ではスペイン語を勉強していました。自分はインターンシップの受け入れ先を先に見つけて、コンタクトを取りました。メキシコでインターンシップをしたいと学校に連絡をしたら、私費留学として海外に行くのであれば問題は無いとのことだったのですが、そうすると大学のサポート無しで、すべての工程を自分自身で行わなければなりませんでした。自分にはそれらをすべて行うだけのスペイン語力が無かったので、大学と提携を結んでいる学校を探しました。すると学校と提携をしていた現地の学校がたまたま一般人の語学留学を受け入れていて、そこに通うことにしました。そうしてトビタテ留学JAPANの制度を利用することが出来たというわけです。

スペイン語を使った業務に感じる、確かなやりがい

接客業は元々好きでした。でももちろん今までは日本語で日本人を相手に接客をしていたわけでそて、スペイン語使って接客をするのって自分にとって大きな挑戦でした。そのようなチャレンジングな日々の中で、拙いスペイン語でもお客さんに伝わるようになっていきました。日本人がやっているということもあって、お客さんも喜んでくれました。自分のスペイン語を使ってお客さんを喜ばせることが出来たことが最大の仕事のやりがいだったと思います。また、従業員とスペイン語でコミュニケーションを取って、ちゃんとお店を回すことが出来たことにも充実感を感じていました。経営者の方は日本人でしたが、別の事業や新店舗の準備でほぼほぼ一緒に働いてはいなかったので、店舗にいる外国人は自分だけだし、お客さんも現地の方ばかりでした。まだその当時メキシコにいる日本人は珍しかったのですが、お客さん、従業員の方含めて皆さん優しくて仕事ぶりを見守ってくれました。

新商品の企画という挑戦と失敗

「折角いるのだから新商品を増やして、挑戦してみたら?」という風に提案をして頂いて、新商品の企画にチャレンジしました。ラーメンの新商品を作るのはあまり自信が無かったので、デザートの新商品を考えることにしました。色々なお菓子などを考えた結果、日本のフルーチェを試すことにしました。日本から大量に輸入して、広めて売ってみようとしましたが、原価率から経費計算とか、その辺の知識が全然なくて、値段を決めることに悩まされた。何とか形にして売り出すことは出来たのですが、全然売れなくて、結構な損失を作ってしまったんですよね。凄く申し訳ないなと思いました。日本から商品を買ってきて、簡単な貿易のようなことをやりたいと思っていたので、自分にとってもありがたいチャレンジの場でした。今現在メディアとか観光にも着手しているように、当時から職場に、色々なことに挑戦をしようという雰囲気がありました。だから凄くオープンな雰囲気だったと思いますし、自分自身も色々な人に将来こんなことをしたいということを話していました。飲食に限らず雇用を生む可能性があるならすべてに挑戦をしたいと思っていました。誰に対してもそうであったのかは定かではないのですが、自分の提案を無下にせず、いつでも向き合って頂きました。

現地での生活について

現地の様子

南米で生活をする日本人

自分が行った時は情勢的に不安定だったので、多少物騒ではありました。当時は日本人オーナーさんが運営している宿で生活をしていたのですが、比較的内向的な大統領が政権を握っており、よそ者で、スペイン語もまだ完璧ではない自分は夜ひとりで出歩くのはやめるように言われていました。銃声も何度か聞いたことがあります。警護のためにそのオーナーさんも銃を所持していました。でも実際に自分自身が危険な目に遭ったことはないです。ただ、街中を歩くときは、肩で風を切って、ヤンキーのようにして歩いていました。(笑)堂々として、よそ者だからと舐められないようにしていましたね。

現地での食事

夕食は基本的にレストラン(職場)で食べていました。お昼や午前中のご飯は現地のレストランに調査を兼ねて行っていました。自分が実際に飲食店を開いた時にどのような形態にすべきか、市場調査という感じでしたね。現地の料理は芋系のモノが多かったです。MAIZというトウモロコシ一種や、芋、ただ青い野菜はあまり食べませんでした。味はあまり口に合わなかったというのが正直なところではあります。でも日本食を食べる機会は多くありました。ですので日本食が恋しくなることはあまりありませんでした。

休日の過ごし方―頭の中は常に“食”でいっぱい

基本的は平日の勤務拘束時間が長いので、朝の6時くらいに出て、帰ってくるのが21時という感じでした。休日は基本的に自転車で市内を散歩しています。メキシコの場合は映画館やスラブハウスに行き、現地の方の生活を体感していましたね。現地の人は家でゲームしていたり、昼間からお酒を飲む人、公園でサッカーをしている人がたくさんいる感じでした。
また、次ボリビアに来た時に何を作ろうかいつも考えていました。ボリビアでの休日は料理ばかりしていましたね。最終的にはカレーの路上販売もやっていました。初めてボリビアに行った時もスイートポテトを作って売り歩いたりしていました。現地には、サツマイモはあるのですが、それをお菓子のように甘くして食べるという概念が無くて、最初はあまり買ってもらえませんでした。そんな中で食べてもらえるように生クリームの量を調節したりしながら試行錯誤して、ある程度は受け入れてもらえるようになりました。

現地の方と赤井さん

海外インターンシップという選択肢によって起こった変化

海外インターンが進路に与えた影響

海外インターンシップは、180度自分の進路を変更させました。最初にボランティアをしにボリビアに行ったときは、大手企業で働きたいなと思っていました。でも現地で活動をしていくうちに、独立したい、海外で店を開きたいと思うようになりました。ボリビアやメキシコでのインターンシップを終えて、卒業後に就職活動をしたのですが、人当たりは良い方なのでそれなりにうまくいっていました。でもそれを友達に報告すると「将来南米で店を開くのに、日本の一般企業でいいのか?それも飲食店でもない企業で」と言われたんですよ。そこでその友達が人材派遣系の企業で働いていて、現在自分が勤めているアメリカの企業を紹介してくれました。アメリカで勤務するに際して、レジュメとして今までの経歴を書く必要があります。そこに自分はは、学生時代にボリビアに行った経験を書きました。将来は南米でお店を開きたいという旨で書いたら、面白いなと評価して頂いて、採用をして頂けました。海外インターンシップでの経験が、そんな風に僕の進路や就職先に与えた影響は大きいです。

海外インターン、迷ってる人にひとこと!

少しでもやりたいと思うなら、やってみるべきだと思います。僕の好きな言葉に「好きなことを好きな時に好きなだけやる」という言葉があります。すこしでもやりたいと思う気持ちがあるであれば、やってみるべきだと思います。とりあえずやってみて、それが自分と会わなければやめればいい。その方が人生が有意義になると思います。今は将来南米でお店をやるのにお金が必要で、資金を集めるためにアメリカで頑張っています。その分仕事は大変ですが、自分がやりたいことのためになら頑張れます。好きなことを好きなだけ好きな時にやるために。

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